即行動が成功の秘訣!

売るのが苦手ならUSPブログで集客の仕組みを創ればいい。お客様に知っていただくための露出、認知、信頼を頂き成約を頂くまでのルートを創れば口下手・営業未経験の専門家でも売り上げが上がります。

営業センスゼロでも顧客に選ばれるブログ集客の仕組み化〜ポジショニング・レター・ライティング〜

無料小冊子プレゼント中!

老人ホームの厨房経験で生まれた、「笑顔が見たい」というお客様視点の芽生え

こんにちは、
言葉の力とブログの仕組みで自動集客を実現する!
USPデザイナー畠山勇一(はたけやま ゆういち)です。

USPデザイナー畠山勇一

 

さて今回は第4話です。

老人ホーム責任者時代の話です。

逆算思考だけでなく、

ビジネスをする上で本当に大切な「お客様」と
真摯に向き合うようになりました。

(前回「その3〜ムチャぶりで身につけた『逆算思考』〜」)

 

若さと歴の浅さに苦悩する責任者着任

 

ゼロスキルから働き始めて、前責任者の逃亡から急遽

1年も経たないうちに責任者になった畠山氏。

 

当時22歳。そう、大学生ならば新卒の歳です。

なぜ私がゼロスキルにも関わらず厨房責任者になったのか?

当時の状況が「そうせざるを得なかった」ですし、

私は「できる」という自負もありました

 

※「できる」「そういうことをやる人間」というセルフイメージを持っていると

チャンスをつかめるものです。

 

当時の老人ホーム厨房の状況

・前厨房責任者が突然逃亡し、他の事業所からベテランを入れられなかった

・当時既にその営業所で全ての業務、全てのお客様対応を把握しているのが私1人だった。

・成長期の会社だったため「若い人を責任者にして育てる」という方針があった。

 

とういうことで、就任したわけです。

 

ですが、その責任は思いの外大きかったです。

 

人間関係の問題から辿り着いた境地

老人ホームの厨房は

老人ホームを運営している会社とは別の会社が受託している場合が多いのです。

(大人数の入居者がいる場合、給食調理はその専門の会社に任せたほうがいいので。)

 

そのため、私のお客様は

実際に食事を口にする入居者の方々の前に、

私らが創ったものを安全に届けたい

介護スタッフさん達でした。

 

当然、私ら厨房側が「下請けなので、

私が着任当時にいた男性ホーム長には

「若い、スキル無し、生意気」ということで

目の敵にされておりました。

※やがて任期を終え異動していきましたが。

 

まぁ確かに当時の私は調子に乗っておりましたが…^^;(反省)

 

介護スタッフさん側も、

すごく応援してくれる人もいれば、

影で嫌味を言ったりしている人もいて対応は様々でしたね。

 

この時に起業家として立つときに役立つ思考を一つを身につけました。

それは

「『いい』と言ってくれる人の言葉だけを受け止めること。」

 

万人に受け入れられることなんてありません。

それはどんなに「国民的に人気」といっても

必ずアンチがいる芸能人を見れば火を見るより明らかです。

 

そして、更には

「食べて頂く方々の笑顔に集中しよう」と思いました。

くだらない職場の人間関係に左右されずに

「入居者の方々が喜んでくれるものを提供しよう。」

とそれだけに集中しました。

 

その結果、

厨房責任者に課せられた月一回の最大のミッション

「バースデーケーキ」で数々のオリジナル作品を生み出しました。

ブッシュ・ド・ノエル風 桜と抹茶のケーキ 秋の紅葉ケーキ

バレンタイン用ローズケーキ

これらのケーキは以下の条件をすべてクリアしています。

 

老人ホーム用のケーキの条件

・おやつの時間には必ず間に合わせる。

・36名分皿に盛りつけて提供する。

・季節にあったものであること。

・硬い食材は一切使わない。(クッキーやチョコはNG)

 

青写真を描くからいいものが提供できる

私はこの時

「ケーキを初めて作る」というレベルでした。

ですが、「どうやったら喜んでもらえるだろう?」ということをひたすら考えて

毎月新しいコトを研究しながら生み出していったのです。

当然、アイディアを形にするために当日までに新しい技術やアイディアの練習もし、

入念に準備して提供していました。

 

音楽をやっている時も、ケーキを創る時も

起業した後も発想は同じで、

まず完成形(青写真)を思い描く。

そしてそれを実現するための手段を考える。

 

そうやって発想をすることで、

「自分が今できること」ではなく

「お客様が喜ぶこと」から生み出すことができるのです。

実はこの視点こそが、

起業家にとって最も大事な視点であるということを認識したのは

この老人ホーム時代から更に数年後のことです。

 

順風満帆にやりがいを持って仕事をしていた

ように見えた老人ホームの責任者の仕事も

ある日突然終りを迎えます

 

事業所ごとに、ある程度の自由な発想は任されていたものの

やはり会社組織

 

若干調子にも乗っていた私は

会社の歯車として超えてはいけない一線を超えてしまいました。

簡単に言うと「オリジナル」をやり過ぎました。

歯車として機能しなくなった私は上司からついにこう言われてしまうのです、

 

「好きにやりたいなら、今は大人しくやって早く出世するか、独立でもしたら?」と。

 

元々封建的な会社のやり方に嫌気が差していた部分は常にあったので、

その一言で袂を分かつことを決め、厨房を去りました

 

そして、音楽教室の講師となり人生が一変します。

次回、音楽講師編突入!

▶その5〜起業・独立に大切な視点に気づいた音楽講師〜